ライブ前日に奄美入りし、初日に湯川れい子さん方と共に「奄美大島紬村」で大島紬生産行程を見学しました。縦糸と横糸が織り成す最高の芸術、この行程に関わってきた奄美の人々の繊細さ、深さに改めて驚き、頭が下がる思いでした。島唄と通ずるものも感じます。皆さんにも、大島紬ができあがるその行程を絶対に一度は見学していただきたいです。
そして、5月25日ライブ当日。今回のイベントは三部構成になっており、第一部は地元奄美の方々による舞踊や、奄美の伝統芸能である八月踊り(佐仁)。第二部に映画『エラブの海』の上映。第三部が朝崎郁恵シマ唄コンサートとなりました。アカペラで「太陽ぬ落てぃまぐれ」を唄い登場した朝崎は、江草啓太さんの生ピアノと土居秀行さんのパーカッション、それに数曲は三味線も加わり、1時間のステージを解説を交えながら唄いました。この中で、かん口令がひかれたまま伏せられてきた65年前の事実が綴られている「嘉義丸のうた」も唄いました。事実を唄ったものほど説得力のあるものはありません。このうたに込められているメッセージを会場の皆さんそれぞれがしっかり受け止めてくださっているようでした。
朝崎のステージに続き、湯川れい子さんの環境問題、憲法第九条に関わるお話をいただき、大切なことは何か、自分たちが今すべきことを改めて皆で考えさせられました。そして地元緑ヶ丘小学校の子供さんたちといっしょに「きずな」(作詞:湯川れい子さん 作曲:宮川彬良さん)を歌いました。一生懸命歌ってくれた、とっても素直でかわいい子供たちと一緒にみんなでピース!!
この歌は最近松浦亜弥さんもカバーされ(5月21日発売)、スペシャルオリンピックス日本 応援歌となっているそうですよ。
そして、最終日の5月26日、戦時中奄美沖で撃沈された貨客船「嘉義丸」の慰霊祭も執り行いました。
嘉義丸は第二次世界大戦中の1943年5月26日午前10時30分、奄美沖で米軍潜水艦の魚雷攻撃によって撃沈され、321人の命が犠牲になりました。65年経った同時刻、嘉義丸が沈んだ沖に向かい黙祷。そして、当時朝崎の父・辰恕(鍼灸師)が治療にあたった生存者からの話を綴り、作りあげた鎮魂歌「嘉義丸のうた」を、犠牲者の冥福をお祈りし、手を合わせアカペラで歌いました。嘉義丸はまだこの海の底に眠っております。65年たった今、私たちに何が出来るかを考え、長い間伏せられていた事実を伝え平和を願い「嘉義丸のうた」を歌い続けていきたいと思います。
今回も地元奄美の沢山の皆さんにご協力をいただき、こうして皆さんの力でひとつずつひとつずつ願いが形となっていくこと、本当にありがたいことだと思います。
このイベントのために奄美にご一緒してくださった湯川れい子さん、スタッフの皆さま、ツアーで来られた方々、そして奄美の皆さま、アリゲティサマリョウタ。又ウガミンショロヤ。
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